東京地方裁判所 平成3年(特わ)427号 判決 1991年7月04日
本籍
東京都渋谷区笹塚二丁目七番地の一
住居
同都同区笹塚二丁目七番五号メゾンアゼリア五〇一
会社員
良野茂勝
昭和一九年三月八日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官西村逸夫、弁護人土屋東一(主任)、同山田宰、同赤松幸夫各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納しないときは、一日を一〇万円に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この判決確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は東京都渋谷区笹塚二丁目七番五号に居住し、不動産の売買等を業とする株式会社三條の常務取締役であるかたわら、自己が取り扱った不動産取引に関し、取引先から謝礼金等を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、謝礼金収入を除外し、仮名の定期預金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上
第一 昭和六一年分の実際総所得金額が一億二七〇九万六四一九円(別紙1の修正損益計算書のとおり)であったのにかかわらず、同六二年三月一〇日、東京渋谷区宇田川町一番三号所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が四一八八万五二六五円でこれに対する所得税額が八三七万六一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六四二四万四九〇〇円と右申告税額との差額五五八六万八八〇〇円(別紙2の脱税額計算書のとおり)を免れ
第二 昭和六二年分の実際総所得金額が七一六〇万七二六六円で(別紙3の修正損益計算書のとおり)あったのにかかわらず、同六三年二月一七日、前記渋谷税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が三三〇八万円でこれに対する所得税額は既に源泉徴収された税額を控除すると三五万〇八八一円の還付を受けることになる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一七四二万五九〇〇円と右申告税額との差額一七七七万六七〇〇円(別紙4の脱税額計算書のとおり)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 数金兵人の検察官に対する供述調書
一 大蔵事務官作成の利子収入調査書
一 大蔵事務官作成の給与収入調査書
一 大蔵事務官作成の給与所得控除調査書
一 大蔵事務官作成の謝礼金等収入調査書
一 大蔵事務官作成の源泉所得税額調査書
一 検察事務官作成の捜査報告書
判示第一の事実につき
一 坂下健、田畑晴章の検察官に対する各供述調書
一 押収してある六一年分の所得税確定申告書一袋(平成三年押第五〇六号の1)
判示第二の事実につき
一 渡邊恒の検察官に対する供述調書
一 押収してある六二年分の所得税確定申告書一袋(平成三年押第五〇六号の2)
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、情状により同条二項を適用し、各所定刑中いずれも懲役及び罰金とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金を合算し、右加重した刑期及び合算した金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を懲役場に留置することとし、情状により同法二五条一項一号を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
被告人の本件犯行は、別紙修正損益計算書記載のとおり、謝礼金収入の除外と給与収入の除外がその中心となるものであるが、不動産取引を業とする株式会社三條の営業担当者である被告人は、右三條が不動産譲渡を秘匿して法人税を免れるため不動産仲介にあたった業者に支払手数料を水増しさせ、或いは架空の領収証の発行を業とするいわゆるB勘屋を利用し、水増し、架空の手数料などを一旦相手方に交付し、後に右領収書発行手数料などを除いた金額を三條にバックさせ同社の裏金とさせていた際に、更にこれら業者から右バック金とは別途被告人個人に対する謝礼を求め、昭和六一年、大総株式会社から渋谷区笹塚二丁目二〇番地の土地について一二月一六日に一〇〇〇万円を、新宿区西新宿四丁目の土地について九月一一日に五〇〇万円、一二月四日に五〇〇万円を、渋谷区笹塚二丁目四三番一の土地について七月二五日に一〇〇万円、八月九日に一〇〇万円、九月一一日に三〇〇万円、一〇月三〇日に五〇〇万円を、有限会社近代総合企画から渋谷区笹塚二丁目二〇番の土地について、一二月二四日に一〇〇〇万円を、港区白金三丁目の土地について六月一二日に一〇〇〇万円を、豊島区南長崎三-四〇九七の土地について九月一一日一〇〇〇万円を、日本恒栄株式会社から、新宿区西新宿四丁目の土地について八月六日三〇〇万円、一二月一六日一七〇〇万円をそれぞれ受領し、昭和六二年には前記大総株式会社から新宿区西新宿四丁目の土地について一月一九日五〇〇万円、二月二五日五〇〇万円を、有限会社ナベ企画から渋谷区笹塚二丁目二〇番の土地について二月二四日一〇〇〇万円、四月一七日一〇〇〇万円をそれぞれ受領しながらこれらを隠匿していたものであり、又給与収入についても三條から昭和六一年中に五三〇万円、昭和六二年中に八八六万三二七〇円を簿外賞与として受領していたものであって、いずれについても当初から全く申告の意思を有しておらず、国民の基本的な義務である納税、すなわち担税力に応じて公平に納税義務を負うとする租税均衡負担の意識が極めて薄弱であったと断ぜざるを得ず、しかもその脱税額は合計七三六四万五五〇〇円に達するもので、一般国民の申告納税に対する不信感、不公平感を助長せしめた影響も看過しえないものがあり、その反社会性は顕著であって犯情悪質というべきである。
しかしながら、被告人は当公判廷において反省の情を披瀝し、二度と脱税に及ばない旨誓約していること。国税(本税、重加算税、延滞税)及び地方税についていずれも完納していること。脱税の結果として奢侈に及んだ形跡もなく、離婚した姉及びその子らの養育費用に当てようとしていたこと。日本恒栄から二〇〇〇万円を受領した際、交付した日本フアルコンの領収書に疑念が挟まれ、右二〇〇〇万円が使途不明金として処理されるに相当な税額である一七〇〇万円余を日本恒栄に交付する必要が生じ、擬装工作に要したものとはいえ、実質右収入については烏有に帰したともみうる余地があること等酌むべき事情も存する。
右の各情状のほか、その他諸般の事由を勘案し、その刑の選択及び刑の量定をなし、今回に限り、懲役刑の執行を猶予した次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑懲役一年及び罰金二五〇〇万円)
(裁判官 伊藤正髙)
別紙1 修正損益計算書
<省略>
別紙2 脱税額計算書
<省略>
別紙3 修正損益計算書
<省略>
別紙4
脱税額計算書
<省略>
訴因変更請求書
所得税法違反 良野茂勝
右被告人に対する頭書被告事件について平成三年三月一一日付起訴状記載の訴因を左記のとおり変更したく請求します。
平成三年六月六日
東京地方検察庁
検察官検事 西村逸夫
東京地方裁判所刑事第八部 殿
記
<省略>
平成三年三月三〇日
東京地方検察庁 特別捜査部
検察事務官 白田敦
東京地方検察庁 特別捜査部
検察官 検事 横田尤孝殿
捜査報告書
所得税法違反 良野茂勝
同右 成瀬孝
平成三年三月一一日付で起訴した右の者らに対する頭書被告事件については、左記事由により訴因の変更が必要と思料されますので報告します。
記
被告人良野茂勝、同成瀬孝の両名は、訴外株式会社三條あるいは中興商事株式会社から簿外の賞与を得ていたものである。所得税法第二八条一項において
「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」
旨規定していることから、簿外とはいえ、賞与は明らかに給与所得に該当する。
一方、所得税法第一八三条一項では
「居住社に対し国内において第二八条一項(給与所得)に規定する給与等の支払をする者は、その支払い際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する翌月一〇日までに、これを国に納付しなければならない。」
旨規定していることから、訴外株式会社三條あるいは中興商事株式会社は、簿外賞与について本来源泉徴収義務を負っていたのである。
(貸方)簿外賞与×××× (貸方)現金××××
源泉税預り金××××
ところが国税局収税官吏の告発に際し、株式会社三條あるいは中興商事株式会社に対して源泉所得税の追徴課税を失念した結果、良野茂勝及び成瀬孝のほ脱税額計算過程において、簿外賞与にかかる源泉所得税額を控除することなく告発するに至った。さらには、両名に対する課税処分においても、源泉所得税額を控除することなく修正申告書を受理している。
良野茂勝及び成瀬孝の起訴額との相違額は別紙のとおりである。
なお、成瀬孝の昭和六二年分については、同人が中興商事株式会社から受領した七、〇〇〇、〇〇〇円を配当所得として申告したものを、収税官吏は給与所得であると認定し告発したが、起訴額は申告どおり配当所得として確定したことにより、源泉徴収税が減少するものである。
別紙
(1) 良野茂勝
<省略>
<省略>
(2) 成瀬孝
<省略>
<省略>